津地方裁判所熊野支部 平成11年(ワ)48号 判決
原告兼亡佐々木幸男訴訟継承人 佐々木正堅
原告兼亡佐々木幸男訴訟承継人 今川久美子
原告兼亡佐々木幸男訴訟承継人 生駒久子
右三名訴訟代理人弁護士 村田正人
被告 的場一幸
右訴訟代理人弁護士 加藤謙一
主文
一 被告は、原告らに対し、各金九七六万五三一六円及びこれらに対する平成一一年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、各金一四〇〇万一二五九円及びこれに対する平成一一年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自転車で走行中、交通事故に遭って死亡した被害者の遺族である原告らが被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事故の発生
佐々木紀陽子(昭和一一年九月二二日生まれ。当時六二歳。以下「亡紀陽子」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により、両上肢多発骨折、腹腔内臓器損傷の傷害を受け、平成一一年一月一八日午前三時四三分、腹腔内臓器損傷により死亡した。
事故の日時 同日午前一時ころ
事故の場所 三重県熊野市木本町一八九番地
加害車両 被告運転の普通貨物自動車(三重四六は七三九二)
事故態様 亡紀陽子が自転車で走行中、加害車両に後方から追突されたもの
2 相続、訴訟承継
(一) 亡紀陽子の相続人は、夫である亡原告佐々木幸男(以下「亡幸男」という。)、子である原告佐々木正堅、同今川久美子及び同生駒久子(以下、それぞれ「亡幸男」、「原告正堅」、「原告久美子」及び「原告久子」という。)の四名であり(甲14ないし23、乙1により認められる。)、その相続分は、亡幸男が二分の一、原告正堅、同久美子及び同久子が各六分の一である。
(二) 亡幸男は、本件訴訟提起後の平成一二年八月四日に死亡し(甲78により認められる。)、同人の相続人は、原告正堅、同久美子及び同久子の三名であり、その相続分は各三分の一である。
3 責任原因
被告は、前方注視を怠った過失により本件事故を引き起こしたものであるから(甲36ないし38、48ないし52により認められる。)、民法七〇九条に基づき、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。
4 損害の一部填補
原告らは、自賠責保険から二二四七万円の填補を受けた。
二 争点(原告らの損害額)及び当事者の主張
1 原告らの主張
(一) 治療費 三九万三二七〇円
(二) 逸失利益 三〇五四万五六九六円
(1) 基礎収入
亡紀陽子は、本件事故当時、三重県熊野市内の弁当屋に勤務していた主婦であり、平成九年分の給与収入は一七〇万三九四二円であった。他方、平成一〇年賃金センサスによる産業計・企業規模計・学歴計の六二歳女子労働者の平均収入は二八八万八四〇〇円であるから、逸失利益の算定に当たっては、高い方の二八八万八四〇〇円をもって基礎収入とする。
(2) 生活費控除
亡幸男は病弱であり、原告正堅は身体障害者であるから、亡紀陽子は実質的に一家の支柱と見ることができ、生活費控除は三〇パーセントを超えることはない。また、亡紀陽子は六〇歳の時に国民年金の受給手続を取っていなかったので、同人の死後、亡幸男らが手続を取り、その結果、六〇歳から本件事故までの未支給分が支給された。亡紀陽子は、死亡していなければ、少なくとも年額三八万六四八〇円の国民年金を受給していた。したがって、亡紀陽子の逸失利益の算定に当たっては、生活費控除を行うべきでないし、仮に生活費控除をする場合には、年金喪失額が逸失利益として加算されるべきである。
また、被告は、生活費控除は資産形成の蓋然性の問題である旨主張するが、生活費控除は、被害者が生存していたらどの程度の生活費を費消したかという問題であり、その場合には負債の多寡は問題にならないというべきである。
(3) 就労可能年数
高齢者については、就労可能年数(六七歳までの年数)と平均余命年数の二分の一を比較し、いずれか長期の方を使用すべきところ、平成八年簡易生命表の平均余命年数は二四・一四であるから、後者の一二年を使用する。
(4) 中間利息控除
近時のゼロ金利政策の下では、預金の金利が五パーセントの金融機関は存在しておらず、最も有利な元金一〇〇〇万円以上に適用される一〇年の大口定期預金でさえも金利は年二パーセントを切り、最新の金利情報によれば、平成一二年五月一五日現在、大口定期預金の金利は更に低額化し、全国最高でも〇・八パーセントで、全国平均は〇・六六パーセントである。また、利付き国債一〇年(第二二二回)五月発行は、利回りが一・六八パーセントと二パーセント以下の利回りしか期待できない。そして、日本銀行のゼロ金利政策が今後も長期的に続くことはある程度の確実性をもって予測することが可能である。したがって、今後の金利の変動を考慮しても、ライプニッツ係数は年二パーセントの一〇・五七五三を採用すべきである。
(5) 計算式
2,888,400円×1.0×10.5753= 30,545,696円
(三) 死亡慰謝料 二七〇〇万円
(四) 葬儀費用 一二〇万円
(五) 以上の小計 五九一三万八九六六円
(五) 填補額控除後の額 三六六六万八九六六円
(六) 弁護士費用 五三三万四八一一円
交通事故の被害者はあるがままの損害の賠償を受けるべきであり、弁護士費用についてもこれを減額するのは誤りである。右控除後の額を経済的利益とし、日本弁護士連合会の報酬基準に基づいて着手金と報酬額を計算すると、弁護士費用は次のとおりとなる。
着手金 36,275,696円×0.03+690,000円= 1,778,270円
報酬額 36,275,696円×0.06+1,380,000円= 3,556,541円
合計 1,778,270円+3,556,542円= 5,334,811円
(七) 損害合計額 四二〇〇万三七七七円
(八) 原告ら各自の請求額 各一四〇〇万一二五九円
2 被告の認否・反論
(一) 治療費
認める。
(二) 逸失利益 一一三六万四五二八円
(1) 基礎収入
年齢別平均賃金月額二三万八四〇〇円(年収二八六万〇八〇〇円)を採用すべきである。
(2) 生活費控除
亡紀陽子には亡幸男という夫があり、一家の支柱と位置付けられるかは不明であり、所得に対する消費性向は高いと考えられる。
また、そもそも生活費控除は、被害者が生存していたらどの程度の資産を残し得たかという蓋然性の議論であり、事故当時の生活状況を基礎として判断するのが実務の実際である。亡紀陽子は本件事故当時、弁当屋に勤務し、平成九年度の年収は一七〇万三九四二円であった。他方、原告らが取った限定承認手続の報告書によれば、亡紀陽子はサラ金一〇社に対して三二一万四六三五円の債務を負っていたが、これらの業者の平均利息を年三〇パーセントとすると、年九六万四三九〇円の利息支払義務を負っていたことになり、これは右年収の五六パーセントに当たる。右債務の返済と食費、被服費等生存のために欠くことのできない経費を合わせると、亡紀陽子における生活費(経費)は限りなく一〇〇パーセントに近く、貯蓄等のできる状況にはなかった。亡紀陽子が国民年金の受給権を有していたとしても、原告らの主張するように生活費控除が限りなくゼロに近くなるということはない。
よって、生活費控除は五〇パーセントとするのが妥当である。
(3) 就労可能年数
六二歳の就労可能年数は一〇年と解されている。
(4) 中間利息控除
当地における中間利息控除の実務は新ホフマン係数を使うとされており、これによれば、一〇年の新ホフマン係数は七・九四五である。
また、実務慣行は年五パーセントの中間利息控除と定めており、損害賠償実務の中核をなす公正、公平、安定という理念からは、これを直ちに変更すべき理由はない。
(5) 計算式
2,860,800円×0.5×7.945= 11,364,528円
(三) 死亡慰謝料
一六〇〇万円の限度で認める。
(四) 葬儀費用
認める。
(五) 以上の小計 二八九五万七七九八円
(六) 填補額控除後の損害額 六四八万七七九八円
(七) 弁護士費用
争う
第三争点に対する判断
一 治療費
亡紀陽子の治療費が三九万三二七〇円であることは当事者間に争いがない。
二 逸失利益
1 基礎収入
証拠(甲8、43、46、原告久美子本人)によれば、亡紀陽子は、本件事故当時、かまどや熊野店において勤務していたこと、亡紀陽子の平成九年分の給与収入は一七〇万三九四二円であったことが認められる。また、証拠(甲72、弁論の全趣旨)によれば、亡紀陽子は、六〇歳の時に国民年金の受給手続を取っていなかったので、同人の死後、原告久美子らが手続を取り、平成一〇年四月から平成一一年一月一八日までの年金として、基本額四八万三一〇〇円から、就業していたことを理由に九万六六二〇円が控除され、三八万六四八〇円が支給されたことが認められ、これによれば、本件事故当時の一年間の支給額は四八万四〇七八円〔{386,480円÷(9+18÷31)か月}×12か月=386,480円÷9.5806×12= 484,078円〕と認められる。他方、平成一〇年賃金センサスにおける産業計・企業規模計・学歴計の六二歳女子労働者の平均給与額が年間二八八万八四〇〇円であることは、当裁判所に顕著である。
右のとおり、亡紀陽子の本件事故前の給与収入、国民年金収入の合計額より賃金センサスによる平均給与額の方が高額であるから、逸失利益の算定に当たっての亡紀陽子の基礎収入は、平均給与額二八八万八四〇〇円が相当である。
また、前記証拠(甲72、弁論の全趣旨)によれば、亡紀陽子は、本件事故当時、就業していない場合の基本額で年間六〇万五〇九七円〔{483,100円÷(9+18÷31)か月}×12か月= 605,097円〕の年金収入があったものと認められるから、就労可能年数経過後、平均余命に至るまでは、右金額の基礎収入があったものと見るのが相当である。
2 生活費控除
証拠(甲34、43、53、原告久美子本人)によれば、亡紀陽子は、生前、亡幸男及び原告正堅と同居していたこと、亡幸男は、亡紀陽子の生前、和田松商店に勤務し、一か月約一五万円の給料収入を得ていたほか、年金収入も一か月約二〇万円あったこと、原告正堅は中度の身体障害者(精神薄弱)であり、池上ブロック工業所に就職しているものの、収入は一日三〇〇〇円、手取で一か月約一〇万円であることが認められる。これらと前記認定の亡紀陽子の収入とを総合すると、一家の経済的支柱は亡幸男であったと認められる。また、証拠(乙1、原告久美子本人)によれば、亡紀陽子はサラ金業者等から借金をしており、限定承認の申述が受理された後、株式会社アプラスほか九名の債権者に対し、合計三二一万四六三五円が弁済されていることが認められ、亡紀陽子の収入のかなりの部分はこれらサラ金業者等に対する支払に充てられていたものと推認される。これらを総合すると、生活費控除割合は四〇パーセントとするのが相当である。
また、右1の就労可能年数経過後の年金収入については、生活費控除割合は六〇パーセントとするのが相当である。
3 就労可能年数
高齢者については、<1>就労可能年数と<2>平均余命年数の二分の一を比較し、いずれか長期の方を採用するのが相当であるところ、平成一〇年簡易生命表における六二歳女子の平均余命年数が二四・五九であることは当裁判所に顕著であるから、亡紀陽子の就労可能年数は<2>により一二年とするのが相当となる。また、就労可能年数経過後の平均余命は一二年となる。
4 中間利息控除
証拠(甲30、32、64ないし66)によれば、わが国の公定歩合は、平成三年末には四・五〇パーセントであったものが、平成四年末には三・二五パーセント、平成五年末に一・七五パーセントとなり、平成七年末には〇・五〇パーセントとなって、以後維持されていること、市中銀行の市場金利も低下し、長期一〇年ものの一〇〇〇万円以上の大口定期預金の利率でさえ、平成一一年一月時点で、第一勧業銀行、三和銀行が各一・一五パーセント、富士銀行が一・〇〇〇パーセントであること、平成一二年二月一一日付け新聞による新発一〇年国債の利回りは一・八五パーセントであることが認められる。そして、右低金利の状況はいわゆるバブル経済の崩壊後、継続しており、少なくとも近い将来、預金金利が年五パーセントに達するとの予測を立てるのは困難であることは公知の事実である。加えて、前記のとおり、亡紀陽子の就労可能年数は一二年であるから、この間の中間利息の利率は年二パーセントとして控除をするのが相当である。
これに対し、就労可能年数経過後、平均余命に至るまでの一二年間について、公定歩合、預金金利等の金利の動向を予測することは極めて困難であるから、この間の中間利息の利率は、民法所定の年五パーセントによるのが相当である。
そして、就労可能年数一二年、年二パーセントのライプニッツ係数が一〇・五七五三であること、その後の一二年、年五パーセントのライプニッツ係数が八・八六三三であることは当裁判所に顕著である。
5 以上による逸失利益の算定
就労可能年数経過前 2,888,400円×0.6×10.5753= 18,327,418円
就労可能年数経過後 605,097円×0.4×8.8633= 2,145,262円
合計 二〇四七万二六八〇円
三 死亡慰謝料
1 前記争いのない事実及び証拠(甲36ないし39、41ないし45、47ないし52、54ないし57、59、原告久美子本人)によれば、被告は、平成一一年一月一七日午後五時三〇分から三重県熊野市井戸町内の飲食店で行われた釣りクラブの新年会に出席し、同日午後八時すぎまで同店でビール、日本酒を飲酒したこと、被告は、右新年会終了後、同店近くに駐車した普通貨物自動車内で三時間くらい仮眠した後、同月一八日午前零時前ころ、同車を運転して同市有馬町内のスナックへ行き、同店でも水割りを一、二杯飲酒したこと、その後、同市磯崎町の自宅へ帰るために、同日午前一時ころ、右自動車を運転して制限時速四〇キロメートルを上回る速度で国道四二号線を走行中、進路前方への注視が不十分となり、直前四・八メートルに至って初めて進路前方左側を自転車で走行中の亡紀陽子を発見し、あわてて急ブレーキの措置を講じたが間に合わずに追突し、加害車両は追突後、約四三・八メートル進行して停止したこと、亡紀陽子は追突された地点から約四五・五メートル先の路上に放り出され、「痛い、痛い。」と腹を押さえて横向きにうずくまっていたこと、亡紀陽子の自転車は追突された地点から約三五・五メートル先の路上まで運ばれていたこと、加害車両はフロントガラスの左半分が蜘蛛の巣状にひび割れして剥がれていたこと、加害車両の運転席と助手席の間から亡紀陽子の入れ歯が発見されたこと、亡紀陽子の自転車は後ろ泥除けが前方に向かって曲損し、後輪がハート型に変形していたこと、亡紀陽子は、両上肢多発骨折、腹腔内臓器損傷の傷害を受け、直ちに紀南病院へ搬送されたが、同日午前三時四三分、腹腔内臓器損傷により死亡したこと、本件事故直後に行われた飲酒量検査の結果、呼気一リットル中から〇・五ミリグラムという大量のアルコール分が被告から検出されたこと、本件事故の現場は半径四〇〇メートルの緩やかな右カーブの道路であり、付近には街路灯、蛍光灯が設置されて薄明るい状況であったこと、本件事故後、加害車両の前照灯による照射距離実験を実施したところ、約一七・一メートルの地点で前方に自転車があることが鮮明に見えたこと、亡紀陽子は、翌月に予定されていた原告久子の出産を心待ちにしており、また、将来楽になったら、亡幸男、原告正堅と共に、亡紀陽子と亡幸男が知り合った富山に帰り、温泉に行きたいなどと亡幸男に話していたこと、亡幸男は以前、胃や十二指腸を患い、亡紀陽子が亡幸男の体調管理を行ってきたが、同人は亡紀陽子が亡くなったショックから食事も十分取らなくなって体調を崩し、平成一一年四月三〇日以降、入退院を繰り返し、平成一二年八月四日に死亡したことが認められる。
2 右認定によれば、本件事故前、被告は相当量の飲酒をした上で加害車両を運転し、制限速度を相当上回る速度で走行した上、注意力が散漫となり、進路前方に対する注視を怠って自転車で走行中の亡紀陽子の発見が遅れ、ほとんどスピードを落とす間もなく追突したものと認められ、本件事故に至る被告の運転態度は極めて悪質というべきである。また、本件事故によって亡紀陽子が受けた衝撃、受傷後、絶命するまで被った肉体的苦痛は想像を絶するものがあったと認められるし、一家の精神的な支柱であった亡紀陽子が、亡幸男、原告正堅を後に残していく先行きへの懸念や、将来の夢を奪われた無念は察して余りある。これらを総合すると、亡紀陽子の死亡による慰謝料は二七〇〇万円が相当である。
四 葬儀費用
原告の葬儀費用としては、一二〇万円が相当である。
五 以上の小計及び填補額控除後の額
以上の小計は四九〇六万五九五〇円となり、ここから填補額を控除すると残余は二六五九万五九五〇円となる。
六 弁護士費用
本件事故の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を考慮し、本件訴訟追行に要した原告らの弁護士費用としては、二七〇万円と認めるのが相当である。
この点、原告らは、被害者はあるがままの損害の賠償を受けるべきであるとして、日本弁護士連合会の報酬基準に基づくべきである旨主張するが、原告らが原告代理人と右報酬基準による旨の合意をしたと認めるに足りる証拠はなく、採用することができない。
七 損害合計額及び原告ら各自の認容額
原告らの損害額合計は二九二九万五九五〇円となり、したがって、原告ら各自の認容額は九七六万五三一六円(小数点以下切り捨て)となる。
第四結論
以上によれば、原告らの本訴請求は、各金九七六万五三一六円及びこれに対する本件事故の日である平成一一年一月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大藪和男)